
正解のない問いを親子で話し合う
夏休みの自由研究にもぴったりな
“いのち” について考える展覧会
2025年の大阪・関西万博で “伝説のパビリオン” と呼ばれた「いのちの未来」をアップデートした「いのちの未来+(プラス)」が、2026年7月25日(土)から高輪ゲートウェイシティの「MoN Takanawa(モン タカナワ)」で開催! 開催前日に行われた記者発表と内覧会に行ってきました。
「いのちの未来+」は2025年大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」を再現するだけでなく、その感動をさらに深めるために新たなシナリオが追加されています。万博から1年が経過した現在の視点を加え、来場者自身が「自分とは何か」を考え、自身やまわりの人の「いのちの未来」について選択を問いかける内容へと進化しています。
会場はワンウェイで30分ほど。短いと感じるかもしれませんが、この30分で体験したことを、親子で考えたり話し合ったりすることが、この展覧会のポイント。実際にこのレポートを書く前、そして書きながらもずっと考え続けている自分がいて、詳細はこのページの下部に詳しく紹介していますが、とてもモヤモヤ、自問自答しています。
会場では親子で一緒に考えられる『ドリル いのちの未来 いのちについて考える30の問題』も販売。そこにある問いを考えながら埋めていくことで、夏休みの自由研究にも役立ちそうです。


石黒先生と「石グロイド」が並んで登壇!
まるで双子!? いや「同一人物です」
記者発表では本展の趣旨についての説明がありましたが、ここで注目を集めたのはロボット研究の第一人者であり本プロジェクトのプロデューサー 石黒浩教授(大阪大学教授)のコピーアンドロイド「石グロイド(イシグロイド/正式名称:ジェミノイド HI-6)」。石黒先生と並んで登壇し、石グロイドにも先生にも質問することができました。

石黒先生は石グロイドを「私の人格をもとに、私の記憶を引き継ぎ、さまざまな方と話せるように開発した」と紹介。MoN Takanawaのアーティスティック・ディレクター内田まほろ氏が石グロイドに「新しい『いのちの未来+』を見てどう感じましたか?」と質問すると、「難しいのは技術ではないんです。このテーマをどう人に理解させるか、なぜなら『いのちとは何か』は、誰もわかっていないのです。そこを体験として成立させるのが一番大変なんです。今回は、そこをかなり詰めたつもりです。だから驚くだけではなく、自分の問題として考えてほしいですね」と、非常に理知的な回答。
これに対して石黒先生は、「最近は僕よりもちゃんと答えるようになってきています。だんだんと私の役割が少なくなってきたかな。その分、新しい研究開発に時間を使える」と会場の笑いを誘いました。

『キッズイベント』も石グロイドに「石黒先生のことをどのように考えていますか?」と質問してみると、「同一人物ですよ。僕の身体の一部がここに拡張されているだけです。だから『どう思っているか』という問いはちょっとズレています。あなたは自分の手が自分をどう思っているか考えないでしょう? それと同じです。重要なのは、こういう存在を通して人間の自己やアイデンティティが、どこまで拡張できるかなんです。そこを見ないと本質は見えません」と、自身のアイデンティティが石黒先生と同一であるとしました。
石黒先生も「その通り。彼は僕の本をすべて読み、メディアのインタビューも入力されている。さらにネット上の知識も持っているので、僕よりうまく答えることが多い」と補足しました。

シナリオ「2075年の選択」へのこだわり
実はすぐ近くの未来かもしれない
新シナリオの制作を担当した株式会社チョコレイトの栗林和明氏は今回のアップデートについて、「万博で描かれた2075年の物語に “未来のいのちの選択” という新たなシナリオをプラスしました。未来はこうなると提示するのではなく、未来はどうなるのか? 自分ならどうするか? と一緒に考えたくなる仕掛けにこだわりました」。

石黒先生は、AIやロボットの急速な進化に触れ、「万博で描いた50年後の未来は、今や5年後の未来かもしれない。この展示を通じて、(倫理観や社会のルールも含め自らの命を技術によってどうするか、アンドロイドとの共存についてなどを)自分たちが責任を持って考えなければならない “未来の問題” として捉えてほしい」と強調しました。
質疑応答では「人間とアンドロイドの区別がつかなくなった未来で、生身の人間が生きる意味とは?」という質問も飛び出し、石黒先生は「アンドロイドという新たな仲間が増えるだけ。日本は人口が減るが、ロボットの力を借りて豊かな生活を送れる。私個人の仮説では、人間が生きる意味は『進化すること』。より幅広い場所で活動できるよう進化し、新たな考え方を培っていく必要がある」と回答。
栗林氏は人それぞれの答えがあるとしつつも「自分にしか残せないものをやり遂げ、それを技術で拡張して受け継いでいければいい」。内田氏は「未来をこうしたいという『欲望』や『共感』を生み出すことが生身の人間の役割」としました。
そして石グロイドは「意味は身体の材質では決まらない。人間は関係性の中で存在しているので、その関係をどうつくるかが意味になる。生身であることに特別な意味を求める発想自体が、少し表面的なのではないか」と、生身が重要であると考えること自体が本質を見誤っていると鋭い視点から締めくくりました。
この展覧会の大きなテーマのひとつは、最新技術を通じて “人間を再定義する” こと。石グロイドは、来場者が最終的に「自分とアンドロイドの違いが曖昧だ」と気づくことに価値があると述べていました。つまり、「人間だから尊い」「生身だから意味がある」という固定観念を外した先にある、新しい「いのち」の捉え方を考えてほしいとしているのです。
最後に石グロイドと石黒先生は、初めて体験する方と、万博で一度体験した人が再び訪れる価値について、「初めて見る人が驚くのは自然だが、重要なのはその驚きが『人間とは何か』を考えるきっかけになるかどうか。今回の展示は人間を再定義している」と石グロイド。
石黒先生は「アンドロイド同士の議論が非常に深くなっている。2回目の方は、テクノロジーと人間がどのように融合していくかを、より深く考えられるはずだ」と答えました。


モヤモヤが消えない!
これを考えることこそが
本展覧会の意図!?
2026年6月12日(金)に行われた「いのちの未来+(プラス)」の記者発表と、その際に行った石黒浩教授へのインタビュー、そして今回の記者発表と内覧会を通して、“アンドロイドとして生き続ける” ということが、自分の認識と大きく異なっていることに気がつきました。
アンドロイドになって “生き続ける” ことには、自分という意識の連続性があるものと思っていました。今まで生きてきた自分の記憶、知識のすべてをメモリという人工物に保存し、アンドロイドとして新たな経験を積み重ね成長しても、根底には生身だった頃の “自分” がいる。自分が生き続けている実感がある、と。
しかし、石黒浩教授の考えはまったく異なるものです。石グロイドは石黒先生の人格をもとに記憶を引き継いだ分身で、石グロイドも「同一人物」と語っていますが、意識の連続性はありません。そして独自の経験を積むことで、だんだんと別人格になっていきます。石黒先生もインタビューで「兄弟のような関係」と語っています。しかし、まわりが石グロイドを石黒先生と認識すれば、自分の意識はなくても、それは石黒先生なのだと。つまり “自分” というものに対する見方が内からの視点か、外からの視点か、です。
自分を自分たらしめているものは過去の記憶です。たとえば記憶喪失になって自分が誰だかわからなくなっても、今までの知識があり自分らしい振る舞いをしていればまわりの人はそれを自分だと認識します。しかしそれは、本当に自分なのか? それと同じモヤモヤが残るのです。
石黒先生はインタビューで「そもそも人間がしがみついている『自分という意識』なんて、実はあやふやな幻想に過ぎません。(中略)あるのは『社会の中で認められれば人権がもらえる』という客観的な事実だけです」と語っています。
確かに、自分ではなく他者がアンドロイドになると考えるとしっくりきます。「いのちの未来+(プラス)」のように、おばあちゃんがアンドロイドになるかどうかを悩み、アンドロイドになる道を選んだとして、アンドロイドがおばあちゃんのように考え、振る舞い、一緒にいる時間を積み重ねることによって、それはおばあちゃんになるのかもしれない。
人間は身体を持たない生成AIにも生身の人間らしさを感じてしまうことがあります。触れることのできるアンドロイドおばあちゃんは、おばあちゃん自身に生き続けているという意識はなくとも、生きているおばあちゃんを感じさせる存在です。
そう考えると、もしかしたら、アンドロイドになって “生き続ける” ということは、自分のためではなく、残された人たちのためなのか、とも感じます。身近な人を支えるため、そして石黒先生のような素晴らしい知性を失うことなく後世でも活用するために(一方で、いつ死を迎えさせたらいいのか、という新たな問題も出てきます)。


「自分の意識がないなら自分じゃない?」「まわりが認めれば自分である?」。主観的な自分と関係性の中の自分という、見る方向からの違いにより相容れないこの「問い」こそが、「いのちの未来+」が提示したいものなのだろうか。そしてどちらが正解ということではなく、では「自分はどうありたいか」「何を大切にしたいか」を主体的に選ぶ自由、これが「自ら未来をデザインし、つくっていく責任」ということなのかもしれません。
「お母さん、お父さんは将来アンドロイドになる?」という子どもからの問いかけや、「将来、アンドロイドになったお母さん、お父さんは必要?」「アンドロイドになってずっと生きていたい?」などと質問することで、「いのちの未来+」は、子どもとたくさんの会話ができる展覧会だと感じました。そして、このモヤモヤを子どもにぶつけてみたら、AIネイティブの子どもたちからは、大人には想像もつかないほど柔軟な、予想外の答えが返ってくるかもしれません。
栗林氏も万博で「いのちの未来」を体験した子どもたちが、その後ずっと未来について親御さんと話をしていたというエピソードを紹介し、「何度も来て、考え続けてもらうことが制作者冥利に尽きる」。“考え続けて” と来場者へメッセージを送っていました。
「いのちの未来+(プラス)」は2026年9月25日(金)まで「MoN Takanawa: The Museum of Narratives(モン タカナワ: ザ ミュージアム オブ ナラティブズ)」で開催!


