
星の光から組成を調べる
めざすは “ファーストスター”の発見!
ー 書籍『その話、諸説あります。』では、地球外生命体やブラックホール、宇宙の未来など、誰もが興味ある5つの事柄について、さまざまな諸説を紹介・解説しています。監修ということですが、ネタ出しもされたんですか?
ネタも出しました。多くの人が興味を持っていて、諸説が3〜4つあるものが掲載されています。有力説が2つくらいに絞られているものが多くて、ネタにはけっこう苦労しました。「地球の水はどこから来たの?」や、銀河系の成り立ちなど、掲載できなかったものもいくつかありますね。
ー このような話を子どもにすることもあるんですか?
学校や科学館でお話しする機会をいただいています。私の専門は、本書のトピックスで言うと「宇宙で最初に誕生したのはどんな星?」「金やウランなどの重元素はどこでつくられた?」に関することで、小学校などでお子さんに話をすると、たいてい “難しいな” と思われてしまいますが、地上の石をつくるものも宇宙でつくられてきた、というような話には興味をもってもらえることもあり、好きな子にはハマる、という感じですね(笑)。
ー 先生の専門は「恒星物理学」「天体分光学」とありますが、どんな研究をされているのか、やさしく教えてください。
自ら光る星(恒星)の光を分析すると、その星が何でできているか、そして身近な物質である水素や鉄などの物質が、どこで生まれ、どれくらいあるか、そういうことを調べています。それにより宇宙の歴史における物質の進化、ファーストスター※や銀河の形成について知ることができます。
※ファーストスター:初代星、ビックバンのあと最初にできた星たち。

ー 研究は、具体的にはどんなことをされているんですか?
星の観測をするんですが、望遠鏡で星を見るというよりも、星の光を波長に分けたスペクトルというデータを見ています。
宇宙にはいろいろな星がありますが、太陽系の近くには、太陽に似た星が多いんです。しかし中には、太陽とは構成している物質がまったく異なる星があり、そういう星を探しています。
簡単に言うと、星は大部分が水素(H)とヘリウム(He)、この2つの元素でできていて、残り1%か2%くらいが酸素(O)、炭素(C)、鉄(Fe)など我々の体も構成している物質です。
その1〜2%という割合が、星によって異なります。これが10%もある星はありませんが、0.001%など少ないことはあるんです。そういう重い元素の少ない星、究極はそれが0%になる星を探しています。

ー それが本書にもある最初に誕生した星「ファーストスター」ですか?
そうです。138億年前に起こったビックバン直後の宇宙に最初に存在した元素は水素(H)とヘリウム(He)なので※、ファーストスターを構成している物質が水素とヘリウムであることは、ほぼ間違いありません。その後、いろいろな星で水素とヘリウムよりも重い元素がつくられはじめ、じわじわと宇宙全体に増えていったというイメージを持っています。
そのため、そういう重い元素の少ない星を調べるということは、宇宙のはじめの頃に生まれたファーストスターに迫っているということです。そういう星を探し、調べています。
※ごく微量ながらリチウム(Li)もあった。
重い元素の少ない星はいろいろな情報を含んでいて、究極はファーストスターの生き残りを見つけることが大きな課題ですが、今のところ見つかっていません。ファーストスターの多くは太陽よりずっと重い、質量の大きな星だったとみられていて、質量の大きな星の寿命は短いので、そういうファーストスターはとうの昔に寿命がつきて爆発してしまったと考えられています。
しかし、ファーストスターの次の第二世代、第三世代の星には寿命の長い軽い星もあったと考えられていて、こういう星を見つけることはできるだろうと考えています。それらの星は少しだけ重い元素を含み、これをつくったのはファーストスターだけだと思われるので、第二世代の星を調べることで、ファーストスターがどんな星だったかもわかってきます。

宇宙や銀河の成り立ち
ファーストスターからわかること
ー 星には、重い元素はあったとしても1〜2%とか、そんなに少ないんですか?
太陽の場合、重さで言うと1.5%ほどですね。
ー ファーストスターを見つけて調べることで、どんなことがわかりますか?
水素とヘリウムで組成されているファーストスターですが、内部では核融合によって重元素をつくり出し、超新星爆発を起こすことで重元素をばら撒きます。それをもとに以後の世代の星ができるので、ファーストスターは多くの星のもとであり、宇宙や銀河の成り立ちにかかわる星と言えます。
とくに、ファーストスターの中に太陽の100倍以上の重さの星があったか、は結構大事なポイントです。これほど重い星は超新星爆発の中でも特殊な大爆発を起こすことがわかっていて、そういう星が宇宙のはじめに多数あったとすると、以後の宇宙にも大きな影響を与えたと考えられます。
これほどの重さを持った星は、おそらく割合としては多くなかったと思いますが、一回爆発が起こるとそのエネルギーは凄まじく、まわりのものを吹き飛ばしてしまったでしょう。それが広い範囲に影響をおよぼし、新しい星をつくるのにも影響するとか、そういう効果があるはずなので、それだけの重い星が、どれくらいの割合で存在していたか、0ではないし、そればかりということもないでしょうが、1割なのか1%なのか、そこに非常に興味を持っています。
また、ブラックホールとの関係も注目されています。2016年に “重力波” が初めて観測されたことがニュースになりました。太陽の30倍くらいの質量を持つ2つのブラックホールが合体し重力波が発生していました。重力波が検出される前は、これほど重いブラックホールはまれで、その合体による重力波はあまり多くは検出されないだろうと思われていました。しかしこれがけっこう頻繁に起こっていたことがわかり、意外にも重いブラックホールが宇宙にはたくさんあることがわかってきたのです。
しかし、太陽の30倍もの質量を持つブラックホールがどのようにしてできるかは、よくわかっていないんです。今わかっている重い星は太陽の100倍くらいですが、爆発の前にはそれらも表面から物質を失ってしまって40〜50倍程度になり、それが爆発してできるブラックホールは太陽の数倍、大きくても10倍くらい。なので太陽の30倍もの質量を持つブラックホールということは、もともとの星は爆発直前でももっと重かったはずなんです。
その候補のひとつがファーストスターで、太陽の100倍近い重さの星が爆発して重いブラックホールをつくったのかもしれません。そのようなブラックホール2つがお互いのまわりをぐるぐるぐるぐる100億年以上まわり、合体したということかもしれません。
そうじゃないかもしれないので、これこそ諸説ありますが、最近のホットな話題です。だからこそファーストスターを見つけて、調べてみたいんです。

ファーストスターと
巨大ブラックホールの関係
ー ブラックホールは2019年にはじめて撮影できたことでも話題になりました。
これは先ほどお話しした重力波で見つかってきたブラックホールとは違って、銀河の中心に居座っている巨大ブラックホールです。撮影できたブラックホールは太陽の100億倍もの重さのある桁違いに巨大なものです。それが生まれた諸説については本書に詳しいですが、先ほどのようなブラックホール2つが合体しても太陽の100億倍にはなりません。まだまったくわかっていませんが、もともとのタネになったブラックホールが、ひょっとしたらもっとずっと大きなファーストスターから生まれた可能性もあると言われています。
通常ブラックホールは、質量の大きな恒星が自らの重力で潰れて超新星爆発を起こし、残った核が収縮を続け、高密度となった天体のなれの果てです。しかし太陽の300倍以上の質量のガスが集まると、重すぎるために爆発することなくブラックホールになると考えられており、重いものでは太陽の10万倍もの質量に達するかもしれないと言われています。これがタネとなり、合体することで太陽の100億倍ものブラックホールができるのかもしれません。しかし現在のところ、太陽の10万倍ものブラックホールが直接誕生したことを裏付ける観測事実は見つかっていません。
本書では4つの諸説を紹介しています。望遠鏡の性能があがることで、将来、この謎も解けるかもしれません。
星を直接見ることはあまりない
見ているのは、観測データ
ー 研究では実際に天文台で星を見ることもあると思いますが、他にはどんなことをされているんですか?
国立天文台のすばる望遠鏡のような現在の大望遠鏡では、観測自体は年間で数日とか、ごく短い時間です。望遠鏡を動かす作業は観測所の方がやってくれるので、どんな星をどのように観測するかを指定して、とれたデータをすぐに見て、これでOKとか、もう一回とり直してとか判断するのが観測者の役割です。
だから観測に立ち会ったとしてもデータを見るのが仕事ですし、最近は望遠鏡のある場所に足を運ぶことも少ないですね。東京からハワイにあるすばる望遠鏡にも指示を出せますから。
ー 星空を見上げるということはないんですね(笑)。
全然ないです。コンピュータの画面を見てます。ハワイの山の上まで行って、見ているのはコンピュータのモニタです(笑)。
観測以外で普段やっていることは、研究に関することだとデータの解析ですね。しかし出てきた結果もすべて一人で最初から最後まで研究するわけではないので、いろいろな人と情報交換をして、結果が出てきたらこういう内容で発表しよう、などと話しあったりしています。論文を書き上げるまでにはずいぶん時間をかけるものです。

地球外生命体は存在する?
そして、いたらどうなる?
ー 地球外生命体については多くの方、子どもも興味を持っています。本書でも4つほどの諸説がありますが、先生はどのようにお考えですか? 最近は “多くの科学者が生命体はいると考えている” という前提でテレビ番組などがつくられたりしています。
生命はけっこういるんじゃないのかなというのが、自分の感覚ですね。地球が誕生したのが46億年前で、少なくとも38億年前には生命がいたはずなので、生命というのは割と誕生しちゃうんじゃないのかな、という印象です。
ただそれが進化して、巨大な植物や大きな動物になるかと言われると、それはちょっとわからないですね。
ー 知的生命体の存在は、わからないと?
わからないですね。実は生まれやすいのかもしれないし、地球よりも進化の速い環境というものがあるかもしれないし、そこは本当に、予測できるものなのかすらもわからないです。ただ、あまり太陽系や地球を特別視してはいけないような気はしますね。
ー 環境汚染によって地球に住めなくなることを見越して、火星への移住を考えている人もいますが、それは実現可能でしょうか?
ほとんど見込みはないと思っています。火星の環境を変えるくらいなら、地球をコントロールする方がはるかに容易いはずです。少なくとも、現在の我々は地球に適応してしまっているので、まったく違った環境で生きていくのは非常に難しいことだと思いますし、火星の環境をコントロールするのも大変なので、その前に地球をなんとかしましょう、と思います。
しかし他の環境に適応した生命はいてもいいと思っています。彼らにしてみると、我々とは逆に、地球に住むのは大変かもしれませんね。
ー ハビタブル・ゾーン※も、我々のような生活をしている生物に必要な環境ということですよね。
液体の水があるかどうか、これが我々から見ての最低条件ですが、ここから外れたら生命がいないということではありません。
最近は太陽系でも土星や木星の衛星の地下に生命がいるんじゃないかという話があります。そこはよく言われているハビタブル・ゾーンではありませんから、そういうところで生命が見つかると、太陽系以外の惑星の生命のあり方や、その見つけ方も考え直さなければならないですよね。
※ハビタブル・ゾーン:我々のような生命が存在する条件で、「恒星の周辺において十分な大気圧がある環境下で、惑星の表面に液体の水が存在できる範囲」を指すことが多い。
ー 研究者の方々は、真剣に地球外生命体を探しているんですか?
真剣になってきた、というのが正しいですかね。30年前は特に太陽系外の生命を探すのはいわば荒唐無稽な話で、もちろん真剣に考えている人はいましたが、「まぁ現実には無理だよね」という印象でした。しかし今は太陽系外惑星がたくさん見つかってきて、その大気を調べる動きが活発になってきました。大気が地球と似ている惑星が見つかれば※、生命が存在する可能性があるのでは、というのが現実の課題になってきました。
※2020年4月16日(木)に「地球サイズの系外惑星発見 液体の水も存在可能 – NASA」というニュースがありました。大気は地球とは異なるようですが、地球に似た星はかなりの数あるようです。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041601172&g=int
ー 微生物のようなものでも生命が見つかると、どんなことが起こるでしょうか?
太陽系なら、“こういう生命がいた” ということがわかると思います。となると、その生命を地球に持ってきていいものかという問題が出てきます。それくらいインパクトがありますね。
そして地球とはまったく異なる環境で、独立した生命が誕生しうるのかという問題に答えが出ますし、地球にいる生命と比べて似ているのか違うのか、生命観や生命の定義にもかなり影響があると思います。
しかし太陽系外だと直接の行き来ができないので、生命の強い証拠は見つかるかもしれませんが、ズバリここに、“こんな生命が住んでいます”、というのは簡単には言えないと思います。せいぜい言えるのは「光合成が起こっているみたい」くらいでしょうか。これだけでもすごいことですが、太陽系の中で見つかるのに比べると、はるかに難しいことになりますね。

星空を眺める少年ではなかった
研究で食べていけるかは誰もが心配
ー 宇宙に興味を持ったきっかけは?
よく聞かれるのですが、いつも答えに窮していて、実はそんなに強い理由がないんですよね(笑)。これがあったから宇宙に興味を持った、というのはなくて。ただ、自然科学には興味がありました。そしてなんとなくですが中学生くらいの頃から、研究者、学者になりたいなと思っていたと思います。しかし何の研究をしたいかは、そんなに突き詰めて考えていなかったですね。恐竜や考古学も好きでしたし、まあその中でも宇宙はおもしろそうだなと興味はありました。
ー 調べるのが好きだったんですか?
そうですね。あとは歴史も好きだったんですね。だから究極の法則を見つけ出したいとか、数学のこの問題にチャレンジしてみたいというよりも、現実にモノがあって、それがどう変わっていくのかを調べる方が好みにあっていました。
もちろん宇宙でも究極の法則を探っている人はいますが、天文学は対象にそれぞれの幅があって、そこにひとつひとつの歴史があって、そういうことを調べることができるのも、宇宙に興味を持った理由の一つです。
影響を受けた一冊というのは特にありませんが、天文学者のカール・セーガンが書いた『COSMOS(コスモス)』を読んで興味を持ったということもあります。一般向けに初めて専門家が書いた解説書で、発行された1980年には同名のドキュメンタリー番組も放送されました。
ー 学校の勉強は得意だったんですか?
そうですね。ただ群馬県の田舎の生まれで、進学なども今の東京のように情報があふれているわけでもなく、のんびりしていました。星空はきれいでしたが、ずっと星を見ているような少年でもなかったですね。
ー 宇宙の勉強をしようと決めたとき、親御さんの反応は?
あまり何も言わなかったですね。止められもしませんでした。
ー 学校の勉強ができていたから、あまり心配されなかったのでしょうか?
心配はしていたと思いますね。宇宙は好きだったけど、なかなかまわりが許してくれなくて、という人は実際にいます。私の場合は止める人がいなかったというのが、続けられた決定的な理由かもしれないですね。
ー 東京大学に行って研究されていたら、止めないのでは?
しかし、やはりそれで食べていけるのか、というのは誰もが心配します。もっと給料のよい仕事もあるのに、って考える人もいますから。でもやはり自分の興味をもったことをとことん追求できる仕事というのは、とてもやりがいがありますね。

宇宙好きな子どもが
将来食べていける職業は?
ー では宇宙に興味を持った子どもたちが、将来、宇宙に関係する仕事で食べていくには、どんなことがあると思いますか? 以前、昆虫の先生に同じ質問をさせていただいたとき、バイオミメティクスの研究の方向はあるとおっしゃっていましたが、宇宙にも何かあるでしょうか?
一つは教育関係だと思います。宇宙のことを調べながら、仕事としては教育関係に携わる。たとえば高校の先生などには、宇宙に関するかなり専門的な論文を書く方もいらっしゃいます。
そういう方が学校内外で教育に関わるということには意味があると思っています。宇宙は日常感覚がまったく通用しない世界なので、柔軟な発想や異なる発想のできる人が教育をするというのは非常に価値があると思います。
理科嫌いでも、宇宙に興味のある子どもはたくさんいます。そこで宇宙は特別な世界ではなく、我々も宇宙の法則の中に生きているということをうまく伝えて物理や化学の世界に入っていけば、そちらにも興味を持ってくれるかもしれません。理科に興味を持ってもらうきっかけになれば、それは大きな貢献になるんじゃないかなと思います。
あとは天文学ではありませんが、宇宙に関する開発をする技術面を担うエンジニアですね。天文学者の中にも装置づくりに長けている人がいて、エンジニアに近いことをやっています。一方で望遠鏡の開発をしているメーカーの人もいます。天体望遠鏡をつくるには、宇宙に関する知識が必要なので、そういう道もありますね。
ー 医療機器を開発する人も、人体や病気、治療に関する知識はもちろん、手術の際にはその機械がどのように動かなければいけないとか、そういう知識と技術も必要になります。望遠鏡などもそうですよね。宇宙の知識がないと必要なものがつくれません。
そういうことですね。どういう条件で何を観測するか、それには何が大切なのか、天文学者からのインプットをしっかり理解してモノづくりに反映できる人が必要です。

研究は、ほとんどがうまくいかない
一つの結果の背後には、山のような失敗とアイデア
ー 宇宙はとにかくスケールが大きくて、光の速さで100億年とか、途方もない距離や時間です。直に見ることも、行くこともできませんが、そこに歯がゆい思いをすることはありますか?
歯がゆさは、ありますね。星が何からできているかを調べると言っても、そんなに簡単にはわからないというか、あまりよくわからないんですよね。
よく比較されるのが「太陽や太陽系が何でできているか」という研究ですが、我々と同じアプローチでいうと、太陽からやってくる光をスペクトルで分析します。遠い星よりも圧倒的に光の量が多いので、はるかに高い精度で調べられますが、それでもやはり限界があります。たとえば元素の一つマグネシウム(Mg)は、自然界では重さの異なる3種類があります。「同位体」と言いますが、その3種類の重さの違いはなかなかスペクトルの分析では見分けられないんです。
ところが隕石の中には太陽系が生まれたときのものがあり、その分析は非常に精度が高く、3つの重さの違うマグネシウムなんて0.0何%という精度で簡単に見分けられます。そうやって手元で分析できる研究と比べ、我々はなんと大雑把なことをやっているんだろうと(笑)。天文学の中では我々の研究も比較的精度の高い方なんですが、それでも手元で分析している人には、はるかにおよばないんですね。
しかし逆に隕石を研究している方はサンプルが少なく、その少ない中から全体を推定しなければなりません。我々は宇宙にあるいろいろな星を調べて、たとえば「太陽は宇宙の中でこういう位置付けの星だ」 と知ることができる強みがあります。そのため星の研究者と隕石の研究者がお互いに情報を出しあって研究するんですが、精度という点で言うと、辛いところはありますね。
ー 思い通りの研究ができなかったり、結果が出なかったりということがあると思いますが、そんなときはどのように乗り越えたり、モチベーションをあげるのでしょうか?
それが難しいところですね。研究は大抵うまくいかないですから。
いろいろなモチベーションで研究している人がいますが、私はそれほど真剣に突き詰めず、これをやるために自分は研究しているというターゲットを絞り込んでいないところがあります。むしろできることをやるというスタンスですね。望遠鏡があって、これくらいの光を集められるので、これくらいの解析ができる、だったらそれで何がわかるか、というのを常に考えています。
なので、いろいろな研究会や学会などで話を聞いていて、ひょっとしたらこれもできるんじゃないかなと思いついたものは、自分が取り組んでいる研究に関係ないことでも調べてみます。すると9割方全然ダメか、誰かがすでに研究しています。“おもしろそう” と思うことは、大抵もう誰かがやってますね。で、ほとんどうまくいってない(笑)。95%くらいはこんな感じです。ヒットしないです。
でも、そんな中から誰もできていないことが見えてきて、自分なりにこうやってみようと考えて実際に観測してみると、やっぱりうまくいかない(笑)。だから本当に生き残るのは、アイデアのごくごくわずかなんですよ。
ー 一つの結果が出るまでには、ものすごい数のアイデアと失敗があるんですね。
失敗にいく手前のものが多いですよね。だからちょっとした成果のようでも、そこに行くまでに時間はかかっているし、研究者はだいぶ苦労していますよね。

偶然や運も、長く研究しているからこそ
長年のモヤモヤが吹き飛ぶ瞬間も!
ー 人間の一生は短いなと感じますか?
短いですね。30年、40年研究したとしても、何がわかったのかというと考え込んでしまうことはあります(笑)。ただ、本当におもしろいのは何年かに一度だと思いますが、それが見つかると、とても嬉しいですね。
でも、こんなふうにしたからうまくいったとはストレートに言えなくて、“たまたまいいものを見つけたね” という偶然や運がけっこうあって、そんなことの繰り返しですね。
ー 今までで一番嬉しかった研究結果は何ですか?
長いことファーストスターに近い重元素の少ない星を探していたんですが、たまたま見つけた星が求めていた星だったことですね。鉄の量が太陽の30万分の1、2004年当時知られていた恒星の中でもっとも鉄の量が少ない星「HE 1327-2326」でした。
しかも割と明るい星だったので、ずいぶんと調べることができました。最初にその星のデータを見た瞬間はとても興奮しました。一目で「この星はちょっとおかしい」とわかりましたから。
もうひとつは、リチウム(Li)という元素がありますよね。水素(H)、ヘリウム(He)に次ぐ3番目の元素です。リチウムイオンバッテリーですっかりお馴染みです。宇宙を理解するためにリチウムって非常に大事な元素なんです。量が少ないので宇宙にとってはさほど大事ではないのかもしれませんが、いろいろな情報が詰まっている元素です。
たとえばビックバンの直後は水素とヘリウムしかなかったと言われますが、実はリチウムも少しできているんです。あまりにも微量なので無視されることが多いのですが、リチウムがどれくらいできたかによってビックバンの状態を考えることができ、ビックバンのことがだいぶわかってくるんです。その後の宇宙でもリチウムが、どこで、どれくらいできているかを調べることで、宇宙全体のことがわかるようになります。
いろいろなところでリチウムができるだろうとは考えられていましたが、それがどこなのか、確かなことはほとんどわかっていませんでした。できている現場を見つけた例はなかったんです。ずっと興味を持っていたところ、たまたま共同研究者がそのヒントをつかみ、「こんなのが見つかったんだよ」と、別の観測をしている最中に見せられて衝撃を受けました。
超新星爆発よりも小規模の新星爆発は宇宙では割と頻繁に起こるんですが、新星爆発後のデータをとっていたら、リチウムが生まれる現場と思われるデータが得られたんです。こういうデータがあったらいいな、というものがズバリ出てきたので、長年のモヤモヤが吹き飛んでスッキリした瞬間でしたね。答えが出ることは少ないんですが、そういうこともたまにはあるんです。
さらなる観測を可能とする30mの鏡を持つ
超大型望遠鏡「TMTプロジェクト」が進行中!
ー 先ほど、あまり研究のターゲットを絞り込んでいないとおっしゃっていましたが、それでもご自身の研究のゴール、ここまでは知りたいというようなものは定めているんでしょうか?
ゴールかぁ(笑)。あえてあまり定めないようにはしていますが、ファーストスターを見つけたいとは思っています。
銀河系のまわりに小さい銀河がたくさん見つかり、これはおそらく宇宙のはじめの頃にできた銀河の生き残りではないかと考えられていて、そこの星を調べる研究が活発になっています。宇宙のはじめの頃に生まれた星の集団であり、その銀河の中でまた新しい星が生まれるという進化もしていて、銀河の形成という意味でもおもしろく、と同時に私たちの銀河系の種になった星の集団の性質をとどめている天体でもある、といった具合にいろいろな意味で興味深く、研究が進んでいます。
しかし距離が遠く、すばる望遠鏡で観測できるのは一つの銀河の中の数個の明るい星だけです。今の私の研究は主にハワイにあるすばる望遠鏡で行なっていますが、これ以上暗い星は観測できないという限界に達していて、それが新しい大きな望遠鏡があれば、今の何十倍も調べることができるようになります。
重元素のない星を見つけるという話をしましたが、重元素が0と言い切るのは難しく、観測精度の範囲でどこまで微量なのか、としか言えません。そういう意味でも、大きな望遠鏡で高い精度で観測したいなと思いますね。
それもあって、7年前から「TMT(Thirty Meter Telescope)プロジェクト」という鏡の直径が30メートルの望遠鏡をつくるべく、2029年の完成をめざして計画を進めています。

すばる望遠鏡から1キロメートルほど離れたところに建設予定で、日本、アメリカ、カナダ、インド、中国で進めています。30メートルの鏡は1枚ではつくれないし運べないので、1.4メートルの6角形の鏡を492枚並べて1枚の鏡とします。

日本は望遠鏡の本体と鏡をのせる構造、そしてすべての鏡の材料と一部磨くところも担当し、かなり主要な部分を担っています。

ー「TMTプロジェクト」では、どのようなことをされているんですか?
なかなか説明しづらいんですが、総務担当みたいな感じでいろいろやっています(笑)。国際プロジェクトなので人や予算の調整も必要ですし、計画書を書いたり、広報活動的なこともしていて、最近は研究よりもこちらの方に時間を使っています。
ー 国際プロジェクトなので、使う言語も当然日本語じゃないですよね。専門用語もあるから大変ですね。
英語が共通語なので、たくさんの資料や計画書などを日本語に訳さなければならないのも大変です。資料をつくっていくうちに、一つの言葉でもいろいろな訳が出てきてしまうことがあり、どこかで正式な定義をしないといけません。時間がかかりますが、日本の方にしっかり理解していただくというのも大切なことです。
今、計画で苦労しているのが現地建設についてです。ハワイの山頂にはすでにたくさんの望遠鏡があるのですが、これ以上の建設に対する反対運動があり、現在地元での協議が続けられています。この山は日本における富士山のような、神聖な山なんです。望遠鏡の意義を理解していただくとともに、私たちも現地の人の心をよく理解し、何とか前に進められれば、と思っています。

宇宙を限定的に考えず
幅広く自然科学の勉強を
ー 宇宙に興味のある子どもたちが今、勉強しておくことは?
宇宙はいろいろなものを含んでいるので、まずは興味のあるものに対する本を読んだり、今は情報源はいくらでもあるので、自分なりに調べてみることが大事だと思います。
また宇宙って、宇宙だけが特別に “ドンッ” とあるわけではなく、あらゆる自然科学と結びついています。だからできるだけ幅広く、小学生は少し難しいかもしれませんが、中高生なら物理が基本にあって、化学、生物など、宇宙を限定的に考えず、幅広く自然科学の勉強をするのがいいと思います。
ー 子どもたちにおすすめの本はありますか?
いろいろな観点があって “この一冊” というのは難しいですが、1948年にできたパロマー天文台にある5メートル望遠鏡「ヘール望遠鏡」建設の話を書いた『パロマーの巨人望遠鏡』(上・下巻/岩波文庫)は、ものを運ぶのに馬を使っていたり、当時は当時なりにものすごい力を使って建設したことがわかって、こういう古い話もけっこうおもしろいです。でも小学生は読まないかな(笑)。
また、完成のときに天文台長をしていた小平桂一先生が書いた、すばる望遠鏡の建設記録『宇宙の果てまで ー すばる大望遠鏡プロジェクト20年の軌跡』(ハヤカワ文庫)も、望遠鏡の歴史がわかっておもしろいですね。
宇宙で物質がつくられるという話では、子どもさんにはちょっと難しいかもしれませんが、マーカス・チャウン「僕らは星のかけら~原子をつくった魔法の炉を探して」には、おもしろい話がたくさん紹介されています。
ー 鉄(Fe)やカルシウム(Ca)、酸素(O)など、私たちの体を構成している元素がどこから生まれたのか、ビックバンや超新星爆発が関係しているなど、まさに私たちの体は “星のかけら” であることがわかる、おもしろい本ですね。また、ものづくりが好きなお子さんは、望遠鏡づくりの話は興味を持ちそうです。
そうですね。なぜ望遠鏡の建設に天文学者が関わっているかはあまりイメージできないと思うので、そんなことまでやるんだ、ということまでわかるのはおもしろいと思いますね。
ー 最後に、青木先生の夢や目標を教えてください。
まずは、とにかくこのTMT望遠鏡を完成させることですね。
研究としては、究極的にやりたいと思っているのは、あらゆる物質がどこで生まれ、どのように増えてきたのか、そういうヒストリーを解きたいと思っていて、そのうちの一つのテーマが重元素ですね。
たとえば金(Au)やプラチナ(Pt)、ウラン(U)が宇宙のどこでできているのか、これを解き明かしたいなと思っています。だいぶ答えに近いことが出てきましたが、まだスッキリしていないんです。それを解き明かしたいですね。その先に未知の超重元素がある、という話もあり、それを宇宙で見つけられたらいいですね。それはまだ夢の段階ですが。
青木和光(あおき わこう)
1971年生まれ。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修了。博士(理学)。専門は恒星物理学、天体分光学。国立天文台准教授(TMTプロジェクト)、総合研究大学院大学准教授。すばる望遠鏡高分散分光器(HDS)などを使った分光観測に基づき、恒星内部での元素合成と銀河進化への影響について研究。進化の進んだ巨星の質量放出現象にも興味を持つ。さらに次世代超大型望遠鏡TMT(Thirty Meter Telescope)の建設に携わり、従来の望遠鏡では観測できなかった天文学の謎に挑んでいる。著書に『星から宇宙へ』『物質の宇宙史―ビッグバンから太陽系まで
』(ともに新日本出版社)がある。
国立天文台
https://www.nao.ac.jp
インタビュー後記
ビックバンによって生まれた水素とヘリウム、そこから生まれたファーストスターと重元素。地球も、そして私たちも、すべてはそこからできているということを、青木先生とのお話で改めて実感しました。
そして想像を絶する広さの宇宙の何処かには、やはり我々と同じような生物がいるんじゃないかなと感じます。出会うことは、ないと思いますが。でもそれが、我々の想像力を豊かにし、たくさんの物語を生み出しています。わからないことがあるから調べ、追求し、解き明かし、わからないことがあるから、想像し、考える。わからないことって、素晴らしいんですね。
青木先生とお話させていただき、改めて宇宙の楽しさを知りました。先生の新しい発見、そして宇宙に関するニュースが、これからより楽しくなりそうです。ぜひまた、お話お伺いさせてください。それまでに、もう少し勉強しておきます!
※インタビューは2020年4月6日(月)、新型コロナウィルス感染症により不要不急の外出自粛の要請が出されているなか行ないましたが、手の消毒、撮影時以外はマスク着用のうえ、室内を換気しながら最小限の人数で実施しました。
その話、諸説あります。
監修:鈴木悠介、山岸良二、竹田淳一郎、成島悦雄、青木和光
編集:ナショナル ジオグラフィック
発行:日経ナショナル ジオグラフィック社
1,750円(税別)(2020年2月発売)
この世界で起きていることのうち、教科書に載せられるのはごく一部。それ以外は、いまだ答えのわからない問いと、それに答えようと試みる無数の諸説だ。
本書では、「モナ・リザのモデルは誰?」「徳川埋蔵金はどこにある?」「地球外生命体はいる?」など、いまだ謎に包まれ、次から次へと新しい説が生まれては消える、研究者たちが頭を抱える24個の問いと102個の諸説を紹介。どの説も本当だと思えるが、証明はされていない。この世は諸説でできている。そして、答えがわからないから、おもしろい!