2026年2月19日(木)〜3月1日(日)あうるすぽっと(東京・池袋)で上演!

目も鼻もない娘との実話をミュージカル化、感動の『SERI 〜ひとつのいのち』再演へ。原作者・倉本美⾹さんインタビュー

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」の原作者・倉本美⾹さん

異国の地ニューヨークで、⽣まれつき両眼・⿐がない重い障がいを持って⽣まれた娘・千璃(せり)を育てる母・倉本美⾹の壮絶な8年間を綴った実話⼿記『未完の贈り物(2012年刊)』を原作としたミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち」が、2026年2月19日(木)〜3月1日(日)に再演される。2022年の初演では絶望や孤独、夫婦のすれ違い、繰り返される⼿術や医療裁判といった想像を絶する困難に直⾯しながらも命の尊さに気づき、前に進む姿を描いて好評を得た。再演にあたって改訂されたポイント、込めた想い、伝えたいメッセージなどについて、倉本美⾹さんにお話を伺いました。(インタビュー:2025年11月21日(金)/TEXT:高木秀明/PHOTO:大久保景)

日本とNYで好評を博したミュージカル
「SERI 〜ひとつのいのち」が
ブラッシュアップして再演!

― 2022年に東京と大阪で「SERI ひとつのいのち」を上演し、2023年にはニューヨークで映像を上映しています。日本とアメリカで反響や感想に違いはありましたか?

2022年の初演のときはコロナウィルスの影響で、上演後はホールにとどまらずにお帰りいただいたため声をかけられなかったのですが、みなさん泣いていらしたのは目にしていました。女性の方、子育て世代から上の方までが多かった印象で、母親の気持ちとして観られたのかなと思います。

2023年にニューヨークで上映したときは、お国柄と言いますか、映画や動画の上映会というとパートナーを連れていらっしゃる方が多くて、たくさんのご夫婦がご覧になっていました。

男性がどう感じるのか不安でしたが、とにかく男性がみなさん泣いていたのが印象的でした。舞台では6分間セリフもなくひたすら子どもの世話をする日常を描いたシーンがあるのですが、自分の奥さんもこんなふうに葛藤と迷いで大変だったんじゃないか、何も知らなかったし手助けもできなかったと男性の反響が大きく、「妻に感謝しました」という感想も多かったですね。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち」の画像
前回公演の様子 ©︎オノデラカズオ

― 2026年の再演では脚本と音楽の一部が改訂されるそうですが、どのような変更がありますか?

一番大きなところは医療訴訟を起こす産婦人科医のバックグラウンドに触れているところです。ミュージカル冒頭に出演者みんなで歌う楽曲のなかに「これはきっとあなたの物語」というフレーズが出てきますが、登場人物それぞれにも人生があり、いろいろな想いもあり、観る方が登場人物の誰かしらに自分を置き換えて考えてもらうというテーマもあるんです。

産婦人科医は初演ではずっと悪者で、確かに彼の行いを受け入れきれず、原作でも敵対した人のように書いていますが、背景を描くことで、彼の人格や人間性がわかるようになっています。

再演での改訂は脚本家の高橋亜子さんとプロデューサーの宋元燮さんが考えてくださったことなのですが、できあがった脚本を見て良い意味でものすごく衝撃を受けて、私自身が救われた感じがありました。やはり心のどこかで、この医師もいろいろなケースがある中で、たまたま千璃にあたって、ああいう結果になった。それも運命ではありますが、私が自分の想いを伝えたことが、もしかしたら誰かの苦しみになっているかもしれない。でも、産婦人科の医師にはこうあってほしかったな、というシーンを入れているので、注目していただければと思います。

― 2023年にニューヨークで上映された映像を拝見させていただきました。小学校高学年くらいにならないと観るのは難しいかなと感じましたが、2026年の再演も、同じくらいのお子さんなら一緒に観られるでしょうか?

医療裁判なども出てくるので、やはり小学校高学年以上にならないと理解するのは難しいかなと思います。そしてそのくらいの年齢のお子さんなら、暗くて悲しいだけの物語ではなく、とてもカラフルな演出で千璃が見ている世界を表現していたりするので、そういう部分は楽しんでいただけると思います。

― 再演でも山口乃々華さんが初演に続いて千璃さんを演じますが、千璃さんが倉本さんのお腹の中にいるときの表現などはとても素晴らしかったです。でも子どもがその意味するところに気づくのは難しいと思うので、親御さんは補足してあげると良さそうですね。

あんな表現の仕方があるんだと驚きました。再演でも注目していただければと思います。お腹の中にいたときに、こんなふうにお母さんやお父さんの声を聞いていたんだよとか、早く出たいって思っていたんだとか、それは大人の想像の世界かもしれませんが、お子さんとお腹の中にいたときの話などもしていただければと思います。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち」の画像
前回公演の様子 ©︎オノデラカズオ

― 2022年の初演では千璃さんが18歳になってスペシャルスクール(特別支援学校)を卒業するところで終わりますが、再演ではその続きや、千璃さんの今も描かれますか?

再演でも卒業までになる予定ですが、千璃は今22歳になっています。アメリカは18歳が成人で、千璃が通っていたスペシャルスクールも18歳で卒業になります。でも特別措置があって3年延長できるので、それを使って次に住むところを探して、今は日本で言うグループホームのようなところで暮らしています。とても素晴らしいところで、それは千璃の運だと思うんですが、今の千璃にとってベストなところに移れました。基本的にはそこで生活をして、週末になると私たちが会いに行って、というのはスペシャルスクールの頃と同じです。

― 元気そうで何よりです。書籍やミュージカルで千璃さんのことを知って、千璃さんの成長が楽しみと言いますか、気になっていました。

同じように思ってくださる方も多いですし、千璃が生まれて22年経って、そろそろまた少し手を放すときかなと思うので、気にかけてくださっている方へのご報告と、私自身のひとつの区切りとして、もう1冊、本を書こうかと思っています。

もし今の時代に千璃が生まれていたら状況はまったく違ったと思うんですね。情報もたくさんあるし。ただ、あの時代だったからですが、振り返ってみてわかること、気づいたこととか、アメリカと日本のシステムの違いなど、そういったことも記そうと思っています。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
新しい本の出版予定は2026年とのこと。楽しみにしています!

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いろいろな人がいることを知り
親子で話すきっかけに
それぞれの命が本当に特別で大切

― 脚本は前回、今回とも高橋亜子さんが書かれていますが、倉本さんは原作以外で、このミュージカルにはどのように関わっていらっしゃいますか?

まさか千璃のことがミュージカルになるなんて考えたこともありませんでしたが、実はこの原作は過去にも舞台化されて、本作品が3作目になります。舞台化された時点で原作から離れてひとり歩きしていることは間違いないので、内容に関してはほとんど関わっていません。

― 倉本さんが舞台やミュージカルにしたかった、ということではないんですか?

まったく考えていませんでした。たまたま知り合った方が「美香さんと千璃ちゃんを応援したい」と言ってくださって、その方がミュージカルに関わっている方だったんです。私も最初は「何でミュージカル?」って思いました。

でも、この作品はミュージカルにすることによって、すごく救われているんですよね。目が見えない障がい児の暗い話とか、重たいテーマに思われがちなものを、「家族で観て、家族で考える作品」にしていただけている理由は、おそらくミュージカルだからであって、暗くなってしまいそうなところを音楽が引き上げてくれているのかなと思います。

ですから脚本は見せていただくんですが、変更をするとかはほとんどありません。夫の性格や夫婦関係、ふたりのセリフなどには事実と異なるところも多少ありますが、それは脚色の範疇だと思っているので、そういう意味では関わっていません。関わっているのは、特に今回はたくさんの方に観ていただきたいので、チケット販売のところだけですね(笑)。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち」の画像
前回公演の様子 ©︎オノデラカズオ

― 2026年の公演を通して、親御さん、お子さんにどういうことを伝えたいですか?

そもそも私が本を通して伝えたかったのは、千璃があまりにも前例がない症例で、私自身何もわからなくて戸惑ってしまい、とにかく千璃みたいな子がいることを知ってほしいと思ったからです。だからミュージカルでも、親御さん、お子さんたちに、本当にいろいろな人がいて、いろいろな世界があって、でもそれは特別なことではなく、すぐ近くにあるんだよ、ということが伝わるといいですね。そしてそれを普通に受け入れてもらえる価値観、生き方に、いずれなっていくと嬉しいです。

― 公演を観て、親子でどんな話をしてもらいたいですか?

とにかくそれぞれの命が本当に特別で、「あなたはここにいるだけで価値がある、かけがえのない大切な存在なんだよ」ということを伝えるきっかけになってくれたらいいなと思います。

千璃は今でも目が見えず、ひとりでは歩けませんし、「ママ」という言葉も言われたことがないけれど、彼女がいるだけで、まわりを優しくしてくれます。それだけで千璃は使命を持っていると思うんですよね。だから、あなたも “いるだけでいいんだよ” ということを、いろいろな形で伝えていただけたらなと思います。

― なかなか面と向かってそういう話はしないですよね。

家族やお友だちと、そういう話をするツールとしても残っていくといいなと思います。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
「エンターテインメントを通して、“いろいろな人がいる” ということを知るきっかけになると嬉しいです。親御さんもお子さんに伝えやすいのかなと思います」

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ひとりぼっちだけど孤独ではない
夫婦喧嘩は事実? 脚色?

― 書籍を拝読すると、千璃さんが生まれてすぐから、息つく暇もないほどの大変な日々です。やらざるを得なかったのかもしれませんが、挫けそうになったことはありませんでしたか?

もう、いっつも挫けてました。「ここから飛び降りたら楽に‥‥」とは何度も考えましたね。でも、そういうときに限って千璃がちょっと笑ったりとか、“生命がある” ということを気づかせてくれました。でもやっぱり、必死だったんでしょうね。ここまでになんとかするぞとか、そういうのは特になかったんですけど。

― でも目に関しては、ある程度の年齢までに処置をしておかないと義眼を入れることができなくなるので、急いで専門医を探す必要がありましたよね? そんな専門医が存在しているのかどうかもわからない中で。

それはもう大変でしたね。言葉の壁もありましたし、今ほどネット情報もなくて、小さな手がかりから自分で探していくしかなかったので。でも、一度どこかにたどり着くと、ものすごく助けてくれる文化というのがアメリカにはあるんだなと思いました。「あなたはひとりじゃないのよ」「みんなでがんばりましょう!」って言ってくれる、ひとりぼっちではありましたが、孤独ではないみたいなところはありましたね。

― 先ほど「夫の性格や夫婦関係、ふたりのセリフなどには事実と異なることがある」とおっしゃっていましたが、ミュージカルでは夫婦喧嘩が描かれていますが、書籍ではその様子は描かれていません。どちらが事実に近いんですか?

実は脚色なんです。夫婦という一番小さい他人とのつながりの中にも違いや多様性があることを表現するために、原作とは異なる設定にしたと聞きました。

― 喧嘩しないなんてすごいですね‥‥。逆だと思っていました。

喧嘩をする余裕もないというか、同じ方向を向くしかなかったので。

夫の出身も性格も違いますし、ミュージカルでは美香が強くて、すべてを引っ張って、手術しよう、何しようとなっていますが全然そんなことはなくて。私はとにかく千璃を育てるのに必死だったので、けっこう夫が引っ張ってくれていました。選択肢を持ってきてくれて「美香が決めていいよ」と言ってくれるタイプなので、本当に戦友と言いますか、一緒に戦っている仲間みたいな感じです。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
「アメリカではなく日本にいたら、もっといろいろな情報を見つけて、夫婦で意見が分かれたりして喧嘩になってしまったかもしれません。少ない情報の中で “もうこれしか選択肢がない” と進んできたので、激しい喧嘩をしたことがないんです。夫のキャラクターもあるかもしれませんが」

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千璃さんはなぜ倉本さんのもとに
生まれてきたのか?

― 2冊目の書籍『目と鼻のない娘は14才になりました 生まれてくれてありがとう』の中で「なぜ私のもとに生まれてきたの?(中略)まだ答えは見つけられない。」と書かれていますが、その答えについて、今はどのようにお考えですか?

なんで生まれてきたんだろう‥‥? 親のエゴとしては今でも、世界はこんなにきれいだよって見せてあげたかったなとか、母親の顔や、人が笑うとこんなふうになるんだよとかを教えてあげたいなという気持ちもある一方で、なんて言うのかな‥‥答えは、見つかってないのかな。

ただ、いろいろな命、一つひとつを考えたときに、千璃って本当に何にもできないんですよね。全部お世話になっているばかりで。でも彼女がいると、まわりの空気がふわっと柔らかくなったり、一緒に生活をしている他の障がいを持った方々にもすごく愛されていて、そういう存在があってもいいのかなって。

私たちが忘れがちな素直な感情、笑うとか、泣くとか、それを教えてくれる存在として、たぶん千璃は選ばれたんだと思うんですよね。そういう役割を生きなさいと。なので、私自身の答えは見つかっていませんが、今までを振り返ると、そういうことだったのかなっていう、答えが見つかりかけてるのか、見つかりそうな感じ、ですかね。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
書籍の中で『天国の特別な子供』という詩について触れています。「他とは少し違う個性を持った子どもたちは、特別な配慮ができる親を選んで神様が託す」という内容です。倉本さんは “選ばれた” のかについてお伺いすると、「私が言われたときは『別に選ばれたくなかったし』という気持ちでした。時間が経ったことで「そうなのかな?」くらいな感じです。『私は選ばれたんだ』と思ったことはないですね」

― 書籍『未完の贈り物』の最初の方に、倉本さんが学生時代に留学した際のホストファミリーの方の話があります。ホストマザーが自身のお子さんの障がいについて「サラリと切り出した姿に、驚きというよりも感動を覚えた。(中略)私もいつかあんな風に凛としていられるだろうか? 彼女の強さの理由が、当時の私にはまったく理解出来ていなかった。」と書かれていますが、今、そのホストマザーの強さの理由は、どのように思っていますか? ご自身もそうなっていますか?

あの時の衝撃は本当に忘れられません。知り合いから紹介されたホストファミリーだったし、事前に家族写真も見せてもらっていましたが、目が見えないとはまったく聞いていなくて。車で空港まで迎えに来てくれて、「Hello!」ってあいさつをして、下を向いていたからシャイな子だなと思っていたんですが、車でもいろいろな話をしていて、たまたま窓から見えたので「飛行機が飛んでるね」って言ったら、ホストマザーが「She doesn’t see.(この子、見えてないのよ)」って。「どういうこと?」って、それは本当にすごい衝撃でした。

あの強さを今の私が持っているかは、どうでしょうね‥‥。今は多くの方が千璃のことを知ってくださっているから、「目が見えないのね」って言われても「そうなのよ」って言うくらいの強さはありますが、将来の不安とか、この子はこの先どうなっちゃうんだろうとか、私たちがいなくなったらどうするんだろうとか、そういう心配は尽きません。あの子は当時6歳くらいでしたが、あの時点であれを言えた強さって、もしかしたら宗教的なことなのかもしれませんね。ありのままを受け入れるというか。私は無宗教なので、そこまでの境地には至っていないですね。

― ホストファミリーということは、その後、しばらくはそのご家庭で一緒に暮らしていたんですよね?

1ヵ月ほどいたので一緒にUNOとかで遊んで、「これ何色?」って聞いてくるので教えてあげて。彼女の場合は弱視で3歳くらいまで見えていたらしくて、だから「色とか形は覚えてるはず」ってホストマザーは言っていました。千璃の場合は眼球を持たずに生まれてきたので、光とか、物に形があるということもわからないから、この違いは大きいなって思いました。ヘレンケラーも生まれつき障がいがあったわけではなく、見えていた時代がありました。過去の記憶ってすごく大きいので、ゼロの状態からどうやって教えたらいいんだろうっていうのは、とても悩みましたね。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
千璃さんを含め4人のお子さんがいる倉本さんが子育てで大切にしていることは「心をかけて手をかけない」ということ。「千璃はどうしても、みんなから助けていただかなければなりませんが、自分でできること、ひとりでご飯を食べられるなら、そこはもう手を出さない。でも気持ちだけはいっぱいかけます」。あと「本当に強いことは優しいこと」ということは伝え続けているそうです

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非難の声は大きく聞こえる
ひたすら突き詰めるしかない

― 倉本さんのお話からも、また自分の経験からも、傷つけてくるのも人なら、助けてくれるのも人だなと感じます。特に今はSNSで見ず知らずの人の声も簡単に届くようになって、必ずしも悪意があるわけではないこともありますが、傷ついたり、人のことを信じられなくなったときもあると思うのですが、それに対してはどのようにご自身を守ってこられたんでしょうか?

1冊目の本を書いた後に、いろいろとご意見をいただいて、その時の編集長には「気にしないように」と言われましたが、慣れていないからすぐには割り切れなくて。何かを発信すると6割くらいの方は無関心というかどっちでも良くて、2割は絶賛してくれて、2割が大反対みたいな感じなんですけど、この反対の声が、すごく大きいんです。

― 人数は少なくても、ひとりの声がなぜか大きく響いてきますよね。

私自身が言われても仕方のないことをやっているところもあるとは思いますが、名前も顔も隠しながらの声には釈然としないというか、いちいちめげていましたが、まわりで支えてくださる方が、「あなたのやり方を貫き通しなさい。突き詰めたら誰も何も言えなくなるよ」って。

自分に迷いがありながらやっているときは言われるとくじけてしまうんですが、その迷っている状態が外から見え見えだったということですね。だからこそ傷つけやすい対象にもなっていて。なので慣れたわけではありませんが、ひたすら突き詰めるしかないなと思って、今に至っています。

― ご主人はそういうとき、どのようにされていたんですか?

私が心を痛めていると怒ったりはしますが、性格もタイプもまったく違うので、私のようにぶわっと泣いたりはありません。“自分たちが正しかったよね” って思えるようなものを見つけてきてくれるんですよね。

ですから千璃が生まれたときも、私はもう本当に全身ボロボロで何も考えられませんでしたが、夫はいつか役に立つと考えて千璃の出産に関する資料を全部集めていたり、本当に違うタイプだったから救われたし、前に進んで来られたのかなと思います。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
倉本さんのご主人はミュージカルよりも書籍の方が近いようです。書籍を読むとその存在はとても大きくて、ご一緒に歩んでいるのがよくわかります

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心の成長を促すようなら整形もあり
でも、あなたはありのままで美しい

― 書籍では「コスメティック」と書かれていますが、最近では「ルッキズム」の方が浸透しているでしょうか。2冊目の書籍『生まれてくれてありがとう』のエピローグで、「千璃にまたガラスの瞳を入れてあげよう」と書かれていますが、目の治療は再開されたんですか?

千璃が小さい頃に目の治療を急いだのは、目のまわりの骨格は眼球の発達とともに成長するので、眼球のない千璃の場合、顔の骨格が成長しきるまでに眼球のスペースを広げておかないと顔にも歪みが生じてしまうためでしたが、医療保険というか、経済的にも本当にしんどかったので、ある程度のスペースができた時点で治療は中断しています。

本当は今でも義眼治療を続けたいと思う部分もあるんですが、千璃にとってその治療は苦痛であることは間違いないので、スペシャルスクールに行ったあたりから、「これ以上、目の幅を広げようとしなくていいのでは」という医者からのアドバイスもあり、そのままになっています。

アメリカでは治療方法がどんどん進み、今では顔面すべての移植もできる時代になりましたが、そこまで考えていないというのは、千璃の知的な障がいが大きくて、本人が気にしだすようならもっとやるべきだったとは思うんですけどね。千璃は今でもすごくゆっくり知的なものも伸びているとは思いますが、私たちの尺度というか、物差しで考えるような感じではないので。

※書籍『未完の贈り物』(2012年刊)、『目と鼻のない娘は14才になりました 生まれてくれてありがとう』(2017年刊)は新刊書店での取り扱いが終了しています。ご希望の方は、Amazonなどのオンラインショップや、中古書店(ブックオフ等)にてお探しいただけますと幸いです。

― 今は以前に比べ、表面上では関係ないとしながらも、より強く意識されていると感じます。外見について悩むお子さんに対して、親はどのようなアドバイスができるでしょうか?

歯の矯正治療などは日本でもそうですし、特にアメリカでは「それは教育の一環ですよ」くらいの認識をされています。もし二重にしたいとかで悩んでいらっしゃる方がいて、二重にすることで心が成長できるなら、経済的なこともありますが、やってあげられる状況、環境ならやってあげていいことだと思っています。

千璃が生まれたときに「顔を見てギョっとされるより、誰からも普通に『Hi! SERI!』って言ってもらえた方が心が健やかに育ちますよ」と言われたことに激しく同意したんです。ですから、もし身体的な障がいなら義肢や義眼もありだと思うし、それと同じように、たとえ健康に生まれても、自分の見た目にどうしても納得できなくて、それによって心に影が落ちてしまうぐらいだったら、親御さんが理解してくださるなら、それを絶対に止めなくてはならない理由はないんじゃないかなと思いますね。

でも第一義的には整形を勧めるわけではなくて、「あなたはありのままで美しいよ、可愛いよ」と言ってあげることはすごく大事だと思いますし、大人になるにつれ、性格は顔や表情に出てくるので、そちらの方が大事なことだと思います。悩んでいるときは、それはなかなかわからないことではありますが。

ただ、限度を決めておくことは大切ですね。理想を求めると何度も整形したくなるかもしれませんが、それはやはり親が言ってあげられる環境をつくっておく必要があります。メンタルの健康もとても大切ですから。

アメリカでは肌の色が違う人も多いですし、ニューヨークにはホームレスの方が多いんですが、足を失った車椅子のホームレスの方もよく見かけるんです。で「足がないからお金ちょうだい」とか平気で言うんですよね。言う方も言われた方も過度に気にしないというか、だから千璃がいても、「こういう子もいるんだな」という感じで。

日本は欧米に比べると単一民族的な社会ですし、平均や標準というものが強く意識されているように思います。身長、体重、学力、すべてに平均値があって偏差値がある。その枠の中に入っていないと不安になる傾向が強いのかなと。でも最近はインバウンドの観光客も増えましたし、いろいろな人がいるのを見て、もっと変わっていくといいと思いますね。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
「『あなたはありのままで美しいよ、可愛いよ』と言ってあげることはすごく大事だと思います」と倉本さん

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きょうだい児の心のケア
愛しているボリュームは一緒
子どもは子どもなりにわかっている

― 倉本さんは千璃さんを含め4人のお子さんがいらっしゃいます。千璃さんに比べ、他の3人のお子さんに対する時間が少なくなると思いますが、3人のお子さんはそれを気にしたり、ひいきだと感じられたりはされましたか?

それぞれみんな本当に可愛いし愛していますが、「何かあったときには、まず千璃ちゃんを守る。なぜかというと、千璃ちゃんは目が見えない。みんなが持ってるものを持っていないから」ということはかなり言ってきました。それに対して子どもたちは何とも思っていないというか、「また言ってる」くらいな感じですね。

でも障がいをお持ちの、特にきょうだい児の心のケアって本当に大事だと思います。うちは下に3人生まれましたが、彼らが自分たちで彼らなりの社会をつくって、どういうときに自分たちは一緒になって、どういうときに千璃ちゃんを守るということも、勝手につくりあげてくれていました。

私自身も3人きょうだいだったのでいろいろな想いがありますが、親の愛情に格差があったわけではないというのも、子どもは子どもなりわかっていたと思います。

あと、どうしても一番はじめの子は慎重になってしまうし、やはり相性というものもあるんですよね。この子はお母さんの方があう、この子はお父さんの方があうとか。愛しているボリュームは本当に一緒で、ひいきしているわけではないんですよね。




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障がいを持った
お子さんのいるご家族には
どう声をかけたらいいのか?

― 以前から難しいと感じていることのひとつなのですが、障がいを持ったお子さんが生まれたご家族、障がいを持ったお子さんがいるご家族には、どのように声をかけたらいいのでしょうか? 言ったことで傷ついてしまったらどうしようとか、そこで悩んで少し疎遠になってしまったり‥‥。

見てみぬふりをされているのではなくて、言えないんだと思うんですよね。私も言葉を選んでしまうことがありますが、「大丈夫、一緒に育てようよ」という気持ちと言葉、行動があると嬉しいですね。

千璃が生まれたときに私の同級生が「私は何もできないけど、貯めたお金があるから送るね」って小切手を送ってきたんです。

「こんなことができるなんてすごいな」って、実は私もこういうことができる人になりたいと思っていたんです。というのも、就職したときに父が「何がなんでも、まず100万円を貯めろ」と。その理由は、自分のまわりにいる人や家族がどうしても困ったときに、お金でしか解決できないことが絶対あるから、そのときに渡してあげる100万円をまず貯めろということだったんです。

― すごい教育ですね。自分のことじゃないんですね。

今思うとすごいですよね。気持ちよく「これを使って」と渡せるようにと。私は父からこう言われていましたが、同じようなことを実践する人、しかも同級生だったことにびっくりして、すごく嬉しかったですね。でもやっぱり悪いなと、いつか倍にしてお返しできる自信もなかったのでお返ししましたが、でも本当に「気持ちはあなたに救われたよ」って。

― お金で解決するみたいで失礼なのかなと考えてしまうのですが、どうですか?

難しいところですが、私にとってはあんなに嬉しいことはなかったというか、気持ちが嬉しかったですね。本当に。だから私も、それが最善ではないと思いますが、「これ使って」とお渡しすることはあります。心残りはありますが、それしかできないな、ということはありますね。その人との関係によっては、しばらくは一緒になって落ち込んであげることが良いことかもしれませんし、できることがあれば、たとえば「今日の8時から15時までなら面倒を見てあげられる」とか、そういう具体的なことを申し出てくれると、すごく嬉しいですね。

あと、「私はちょっと手伝えないけど」って言ってくれるのは、そのときは寂しかったけど、後から思えばそれは本当にそうだなって。だってみんな生きること、生活することに必死ですよね。誰もがそれぞれ外からは見えないものを抱えていて、すごく幸せにそうに見える家庭でも、やっぱりいろいろなことがありますから。仕事も忙しいですし、特に40代、50代にもなれば、子どもにもまだまだお金がかかったり、無事に大学を卒業できてもその先が保証されているわけではないし、親の介護も出てきたり‥‥。

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真
障がい児が生まれると、どうしても親だけで、家族だけで面倒を見なきゃいけないという文化が、まだまだあります。でも日本でも、30年前なら親を老人ホームに入れるなんて考えられないという状態でしたが、いまでは受け入れらるようになっています。みんなが育った社会のシステムの中で介護を見ていきましょうということができているわけだから、障がい児に対しても、そうなってほしいですね

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同じ時間を共有できる舞台を観て
こういう世界があると知ってほしい

― 先ほど書籍をもう1冊出されるとおっしゃっていましたが、倉本さんの今後の活動や目標を教えてください。

たくさんあるんですが、本のことで言うと、1冊目では千璃が生まれてから10歳まで、2冊目では14歳までをお伝えしていて、来年出版予定の書籍は、ひとつの区切りとして、「千璃は大人になったんだよ」ということをお伝えしたいと思っています。

仕事に関して言うと、ニューヨークで仕事をする日本の方を応援するコンサルティングの仕事は千璃が生まれる前から今もずっと続けているんですが、今後はそれに加えて、日本に恩返しできるような仕事をしたいと思っています。

社団法人をつくって、以前の私のように「助けて」と言えない人の声を拾い上げて誰かにつなげることははじめていますし、日本の子どもたちにもっと英語に触れてもらいたくて、海外で過ごしてきた私の経験を伝える英語教育も行っていて、もっと広げていきたいと思ってます。

あとは海外の方も参加する日本のイベントで、外国人対応のスタッフを統括するような仕事も行なっています。人生後半、日本に少しでも恩返しできることを公私共々やっていきたいと思っています。

ミュージカルは、2022年の初演も2023年のニューヨークでの上映も非常に評判が良く、これをより広く海外でも、日本の全国の学校などでは無料公開もできるようにしたいと思ったのですが、二次的使用権の関係で難しかったので、内容やクオリティもアップして来年再演し、一般公開できるようにしたいと思っています。

再演は、親子で、そしてぜひ男性の方にも観てほしいと思っています。本を読むのは時間もかかりますし、基本的にひとりで読むものですが、舞台はみんなで同じ時間を共有し、すぐに話もできるすごく良いチャンスだと思います。こういう世界があるんだよ、ということを知っていただくきっかけになったらなと思います。

ミュージカル「SERI ~ひとつのいのち 2026」は、2026年2月19日(木)〜3月1日(日)あうるすぽっと(東京・池袋)で上演!

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」原作者・倉本美⾹さんインタビュー写真

2026年2月19日(木)〜3月1日(日)あうるすぽっと(東京・池袋)で上演!
SERI ~ひとつのいのち 2026

ミュージカル「SERI 〜ひとつのいのち 2026」のポスター

異国の地ニューヨークで、⽣まれつき両眼・⿐がない重い障がいを持って⽣まれた娘・千璃(せり)を育てる母・倉本美⾹の壮絶な8年間を綴った実話⼿記『未完の贈り物(2012年刊)』を原作としたミュージカルで、2022年に初演。絶望や孤独、夫婦のすれ違い、繰り返される⼿術や医療裁判といった想像を絶する困難に直⾯しながらも命の尊さに気づいて前に進む姿を描き、ひとつのいのちに贈る愛と祝福の物語として好評を得た。200人の現地観客から「いつかブロードウェイでも上演してほしい」とラブコールを受けた2023年のニューヨークでの上映会を経てブラッシュアップし、2026年2月に新バージョンとして上演する。千璃との⽇々を通して社会のあり⽅を問いかけ、⽣きる意味を考えるすべての⼈に贈る、愛と闘いの物語。
https://consept-s.com/reborn/seri2026/

倉本美⾹(くらもと みか)
作家・NYコーディネーター。航空会社に勤務後、ニューヨークに移住。多忙なキャリアウーマンとして活躍するなか、2003年に⻑⼥・千璃(せり)を出産。千璃が⽣まれつき両眼・⿐がないという重い障がいを持って⽣まれたことをきっかけに、⼦育て、医療、障がい者を取り巻く環境など、さまざまな社会問題と向き合う。その壮絶な体験を綴った⼿記『未完の贈り物』(2012年刊)が⼤きな反響を呼び、ミュージカル『SERI 〜ひとつのいのち』の原作となる。後に、娘の成⻑を描いた続編も刊⾏。2026年2月にはミュージカルの再演を行うほか、現在も当事者としての視点から、講演活動や社会貢献活動に精⼒的に取り組んでいる。

インタビュー後期

インタビューのお話をいただいて書籍を読みましたが、とにかく想像を絶する出来事の連続で、倉本さんにお会いしたとき、書籍やミュージカルについて最初に何とお伝えすれば良いのか、とても悩みました。子育ての苦労は人と比べることはできませんが、筆舌に尽くしがたい壮絶な日々だったことは間違いありません。

不躾にも、お答えしずらいであろうこともたくさんお伺いしました。倉本さんは選ばれたのか? なぜ千璃さんは倉本さんのもとに生まれたのか? この答えはまだ見つかっていないようですが、“自分が生まれた意味” と同じように、本人の意思ではどうにもならないことは、時間をかけて受け入れ、そこにある素晴らしいものを見出していくしかないのかなと感じました。しかし、その境地に至るまでには、長い時間と葛藤が必要なんだとも思いました。

同様に障がい児が生まれた、障がい児のいるご家族に何と声をかけたらいいのかについても正解はなく、その方との関係のなかで探っていくものだと感じました。その方を想いながら言葉にするから気持ちが伝わるわけで、「こう言えば大丈夫」などという万人に共通するものはなく、安易な質問だったと反省しました。

「親子で楽しめるミュージカル」とは言えませんが、世の中にはさまざまな人がいるということを考えさせてくれる、親子でいろいろなことを話すきっかけを与えてくれるミュージカルです。ご覧になっていただき、どんなことを話したのか、ぜひ教えていただきたいなと思いました。

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