
地球の生命史の中で起きた5回の大量絶滅に迫る特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」が、2025年11月1日(土)~2026年2月23日(月・祝)まで国立科学博物館で開催中! 生命が誕生してから40億年、地球上では幾度もの生命の危機が訪れました。その中でも規模の大きかった5回の「大量絶滅事変」(通称「ビッグファイブ」)を、化石や岩石に残されたさまざまな証拠から紐解き、生き物たちの生存をかけた進化の歴史を辿っています。同展の総合監修を務めた国立科学博物館 生命史研究部 進化古生物研究グループ長の矢部淳先生に、絶滅を取り上げた経緯、恐竜絶滅の原因、絶滅を通して伝えたいこと、推しの展示物、そして恐竜や昆虫などの研究者になるには? などについてお伺いしました! 今は6回目の大量絶滅なのかについても!(インタビュー:2025年10月23日(木) TEXT:高木秀明/PHOTO:溝口智彦)
絶滅はネガティブなことだけじゃない
研究が進んだ大量絶滅の最新情報を紹介!
ー 国立科学博物館では今までに何度も恐竜に関する特別展を開催し、そこでは多くの恐竜が絶滅した6600万年前(5回目)の大量絶滅を取り上げていますが、地球史における5回の大量絶滅をテーマにした展覧会は初めてです。絶滅をテーマにしたのは、どのようなことがきっかけだったのでしょうか?
今、私たちのまわりでは「絶滅危惧種」のように “絶滅” という言葉がしばしば取り沙汰されていますよね。そういう状況に関して、いろいろな評価があるとは思いますが、僕ら科学をやっている人間としては、絶滅をネガティブなことばかりではなく、いろいろな側面があるということをお伝えしたい。そして過去5回の大量絶滅を取り上げることで、そのあたりがつまびらかになると考えました。ポジティブなことのみをお伝えするというわけではなく、もう少しイーブンに見てみたときに、今の絶滅がどう見えるかを考えてみる、そんなことをしてみたいと思いました。
また、この5回の大量絶滅に関しては研究がすごく進んでいて、わかってきたことが非常に多いんです。「こういうふうにまとめられるんじゃないか?」と考えられるようになってきたので、絶好のタイミングなんじゃないかなと。
たとえば6600万年前の5回目の大量絶滅に関しては、メキシコのユカタン半島に小惑星が衝突したことで多くの恐竜が絶滅したことで有名ですが、衝突したときにできたクレーターの中央部分はかつて発掘調査されたことがありますが、周辺部分を新たに掘るという研究プロジェクトが10年ほど前にはじまり、その成果がここ数年で出てきて、新しいことがたくさん蓄積されています。そのような最新情報を紹介したいと思いました。

ー 数億年も前のことなので調査して新たにわかることには限りがあるのかと思ってしまいがちですが、新しい場所の調査や、調査機器も進化しているので、まだまだ新しい発見があるんですね。
コンピュータってどんどん賢くなっていますよね。そうすると分析精度が飛躍的にあがります。10年前のコンピュータと今のとでは雲泥の差だと思いますが、それが直接、研究に反映されます。すごく微量な元素も調べられるようになっているんです。
実は、何億年前とか何千万年前という、その時代を決めるのはとても難しいんです。しかし近年その手法に大きな進展があり、地層に含まれている一粒一粒の鉱物の時代を測ることができるようになりました。そうすると、今までは時代の幅が大きかったものがピンポイントでわかるとか、何かが起きたときの世界の同時性もわかってくるんです。大きな発見としてみなさんの目に触れる機会はあまりないかもしれませんが、そういうベーシックなところですごく大きな進展がたくさんありますね。
ー 一粒一粒を調べられるようになって、でも対象は地球全体となると、途方もない作業になりますね。
これは終わることのない研究で、地球全体のことを知ろうとすると1ヵ所だけでは済まなくて、それを他のところで見たらどうかを検証し、それによってこういう現象なんじゃないかという理解が深まるみたいなことです。そしてまた新たなことが別のところで見つかれば、そこでまた研究が行われるという、終わりはないですね。
ー そして10年後には機器の性能もアップして、同じ調査でも新たなことがわかり、ということですね。
はい。なので今回なるべく最新の情報をお伝えする展示を試みていますが、今後は変わるかもしれない。そういったことも含めてお伝えしたいと思っています。
人間活動が原因!?
私たちは今、大量絶滅のただ中に!
ー 過去にあったことが厳密にわかる、理解していくことで、それは未来を想像しやすくなるというか、未来につながるとの想いから研究されているのでしょうか? それとも、昔の出来事を知りたいという気持ちでしょうか?
両方ですよね。誰も知らない昔のことを知りたいという知的好奇心が最初だと思いますが、そこから、それがどんなことにつながっていくのかに興味が出てきます。大量絶滅の研究は特にそうですが、生き物の生き死ににプラスして、そこにはどんなことが影響しているのか、主に環境ですが、それは過去だけではなく現在もそうですし、未来にも関係するので、その関係性を適用できると考えると、未来のことを知る研究にもなるんだろうと思います。なので今回の展示の一番最後には、近現代はこうなるかもしれない、というメッセージを提示します。
ー 今までの大量絶滅の原因は火山活動などの自然現象が多いですが、今は6回目の大量絶滅に入っていて、しかもその大きな原因のひとつは人間活動と考える方もいます。人間活動による6回目の絶滅を止めよう、ということも考えていらっしゃるのでしょうか?
一個人や僕ら監修チームができることは限られますが、僕らの得手とする部分、古生物や地球地学など、そこでわかってきたことやメッセージをわかりやすくお伝えすることで、気づきなどにつなげたいという気持ちはあります。
“リテラシー” とも言いますが、そういったことを醸成することが、いろいろなアクションにつながっていくと思うので、僕らがやっていることですぐに止めるとか、そういったことにはなりませんが、理解をすることが出発点なので、僕らができることはまずそこだろうと考えています。
ー 10月17日に古生物学者・恐竜学者の真鍋真先生の書籍『絶滅の発見』が発売され、先生へのインタビューの参考になるかと思い少し読ませていただいたところ、「大量絶滅にはいくつかの定義があるが、200万年という地球史上では比較的短期間の間に75%以上の種が絶滅した場合を指す、というのが一般的である」とありました。人間の尺度からするとものすごく長い期間であることに驚くとともに、今が6回目の大量絶滅だったとしても、それが大量絶滅とされるのは、かなり先のことになるのでしょうか?
※参考:絶滅の発見(創元社)マーティン・ジャナル(著)真鍋 真(著)
数億年も前のことは今の技術でも高精度で結果を得られないことがあって、たとえば「ここの地層は何万年前」としていても、実は数万年とか数十万年の誤差があるんです。なので過去のことについては100万年単位ぐらいで評価することになります。
絶滅は常に起こっていて、100万年で10%くらいの種が絶滅するのは一般的で「通常絶滅」と言います。これに対して大量絶滅は70%〜90%など著しく高い絶滅率になることです。もちろん期間が長ければそれなりの数が絶滅しますが、短い期間に急激に多くの種が絶滅するのが大量絶滅です。現在の絶滅は今まさに僕らが観測できるので、数百年の間に通常に比べて圧倒的に高い絶滅が起きれば大量絶滅と言えるかもしれません。
ー 必ずしも200万年という期間ではないんですね。今現在、先生は大量絶滅に入っているとお考えですか?
ここ数十年よりもう少し広い範囲で言うと、やはりいろいろな生き物が絶滅しているので、そういう時期なんだろうと思っています。
環境変化や気候変動が声高に言われるようになったのはここ十数年くらいだと思いますが、多くの方がそれに気づいてアクションをしはじめているという時期でもある、そういう評価をしています。

今とは異なる世界を華やかに伝える景観図
発掘された化石が展示されるまでなど
子どもたちが楽しめるポイントを紹介!
ー 今回の「大絶滅展」では総合監修をされていますが、どんな工夫をして展覧会をつくっていらっしゃるでしょうか?
大量絶滅はすごく昔のことでなので、その時代がどんな時代だったか想像しづらいと思うんです。僕自身もオルドビス紀ってどんな時代だったっけ? ということがあるんですよね。なのでそれをわかりやすくお伝えするため、それぞれの時代の絶滅の前と後、合計12枚の景観図を用意しました。
何億年も前の、今とはまったく異なる世界を感覚的にわかっていただけるように、というのはかなり配慮しましたし、景観図を通じてお伝えしたいのは、絶滅の前と後で、世界はどのように変わったのかというところです。写真のようなものではなく、いろいろな生物が混在したイメージの世界なので、その当時の華やかさがよくわかると思います。
ー 親子で景観図を見ながら「どこが変わったかな?」なんて、間違い探しみたいにして楽しめそうですね。
はい。あと、クイズなどが載った『ジュニアガイド』も会場で無料で配布しているので、ぜひ親子で楽しんでいただければと思います。
もうひとつは、先ほども少しお話ししましたが、大量絶滅に関しては研究がすごく進んでいて、わかってきたことが非常に多いんです。世界中の研究者たちの熱量も含め、大量絶滅の原因論を紹介することにもこだわりました。あとは当然のことですが、良い標本を集めようと、そういったところにも苦慮しました。


ー「大絶滅展」は子どもたちには少し難しいところもあると思うのですが、小学生くらいの子どもたちが楽しめる仕掛けは、『ジュニアガイド』以外にもありますか?
化石は地層の中で形成されますが、発見されたものは展示してある状態とはまったく異なります。展示してあるものはクリーニングをして、わかりやすく見やすい状態にしているんですが、展示されているような状態で見つかると思っているお子さんは多いだろうと思うんです。
「大絶滅展」のためモロッコに調査に行ったので、そこで発掘した化石を例に、化石はどのような形で見つかり、どのようにクリーニングしているかを紹介しています。化石に触れることはできませんが、自分が体験したかのようにプロセスがわかるので、子どもたちも興味をもってくれるんじゃないかなと思っています。



また、“現象” を伝えることにもチャレンジしました。博物館で「こんな現象が起こりました」と伝える手段はどうしても文字に依存しがちですが、1ヵ所だけ、古生代の終わりに起きた3回目の大量絶滅、5回の中でもっとも大きな絶滅で原因は大規模な火山活動ですが、その火山活動の様子を体感できるように再現しました。こんな感じの溶岩で、それによってこんな地形ができて、みたいなものを模型でつくっていて、ぜひ注目してほしいですね。

「大絶滅展」のポスターの真ん中に写っている “地球” も会場にあるので、ぜひ見てください。「大絶滅スフィア」と呼んでいるんですが、3メートル弱ぐらいの大きさの地球儀型のモニターで会場入ってすぐのところに設置しています。絶滅と地球の活動は密接に関わっていて、地球のどこで起こった活動がどんな影響を与えたかを俯瞰できるようになっています。
ジュニアガイド、化石のクリーニング、火山活動の模型、大絶滅スフィア、これらは子どもたちも体験や体感しながら楽しめると思います。

恐竜絶滅の原因
そして意外と知らない
恐竜の前に繁栄していた生き物
ー 地球のある場所で何かが起こると、その反対側にまで影響はあるんですか?
全球的に影響があります。5回の大量絶滅に関して言うと、火山の噴火がどこかで起こると、その影響は世界中に広がります。もちろん瞬く間に大量絶滅ということではありませんが、大規模な火山活動で火山灰などが噴出すると、それが全球的に影響を及ぼすようになるのは、おそらく数週間とか、それくらいだと思います。
ー 意外と早いんですね。
大量絶滅につながるのは、それがどのくらいの期間続くかということですね。一番大きかった3回目の大量絶滅では、多量の火山ガスが数百万年にわたり放出されています。
ー 恐竜好きの子どもたちが一番興味を持っているのは、やはり多くの恐竜が絶滅してしまった6600万年前の5回目だと思います。小惑星が衝突したことに起因していることは間違いなさそうですが、国立科学博物館で開催した特別展「恐竜博2023」では、隕石の衝突は南半球ではあまり影響がなく、そこではまだ恐竜は生きていた、ということも紹介されていました。しかし大量絶滅を200万年くらいのスパンで考えると、南半球の恐竜の絶滅も、やはり小惑星の衝突が原因なのかなとも感じます。先生は恐竜の大量絶滅の主な原因は、どのようにお考えですか?
おそらく食物連鎖的なことがベースにあると思います。直径10キロメートルの小惑星がメキシコのユカタン半島に衝突、その周辺にあった堆積物を溶かし、それが塵のように舞い上がりました。その地層には硫酸塩がたくさん含まれていたので、硫酸雨が降ったということになります。
でも、それ自体はおそらく恐竜に壊滅的な影響は及ぼさなかったと思うんですが、塵は短期間で全球を覆い、太陽光の遮断で冬のように寒くなるとともに酸性雨によって植物がダメージを受けたと思います。
これが全球的に起こったことは証拠が見つかっています。たとえばニュージーランドはユカタン半島とかなり離れていますが、ニュージーランドでも5回目の絶滅が起きたK-Pg境界(白亜紀と新生代)という地層の直上で、“ファーン・スパイク” という “シダの急増層”が観測されています。「ファーン」は「シダ植物」のことです。
その「ファーン・スパイク」はどうしたら起こるかというと、たとえば火山が噴火して植生が溶岩によってすべて焼かれてしまったという状況になったとき、その後に最初に生えてくるのがシダなんです。ニュージーランドでも、北米でもシダの胞子がK-Pg境界にたくさん残っているので、小惑星の衝突による影響は世界中に及んだんだと思います。
なので多くの恐竜が絶滅したのは、やはり世界中で植物が影響を受け、植物を食べる恐竜が減り、それを食べる肉食恐竜も影響を受け、地域によってスピードは異なると思いますが、それが全球で起こったんだろうと考えています。
ー 5回の大量絶滅の中で、先生がおもしろいと思うのはどれですか?
僕は古植物が専門なので動物は専門外になるのですが、そういった意味で素人目で見ておもしろいなと感じているのが、4回目の大量絶滅です。
4回目の大量絶滅のときは、すでに恐竜も哺乳類もいたんですが、繁栄していたのは恐竜ではない爬虫類でした。フィトサウルスと呼ばれる大きな爬虫類がいて、恐竜たちは、ちょっと擬人化しすぎかもしれませんが、彼らから隠れて生きていたようなんですね。
4回目の大量絶滅の結果として爬虫類から恐竜たちの世界に変わったというのは、あまり知られていないような気がします。なのでそれは恐竜好きの子どもたちの興味を惹くんじゃないかなと思っています。
ちなみに4回目の大量絶滅前に繁栄していた爬虫類は、ポスターに載っているもので言うとフィトサウルス類に含まれるレドンダサウルスというワニ型の爬虫類です。これは展示している標本でも全長6メートルもあって、こんなものがいたら恐竜も隠れるよな、と思わせるような迫力なので、ぜひ注目してほしいですね。

ー 恐竜も爬虫類の一種ですが、4回目の大量絶滅の後、恐竜だけが繁栄できたのはなぜですか? 当時の恐竜は爬虫類よりも小さかったので、体の大きさが関係しているのでしょうか?
それに関しては専門外なのできちんとお答えできないのですが、図録では代謝の違いがひとつの要因とされています。環境の変化に、より適していたのが恐竜だったということです。ただ、恐竜が繁栄したという結果が事実としてあり、理由は後付けです。しかしいろいろと検討した結果、今考えられているのは、代謝ということですね。
動物より絶滅に強い植物
しかし3回目の大量絶滅で大きな変化
ー 先生は古植物が専門ですが、植物も動物と同じように、絶滅のたびに違うグループが繁栄したのでしょうか? 先ほど教えていただいたファーン・スパイクから考えると、植物はそれほど大きな変化はなく絶滅を乗り越えてきたのでしょうか?
よくぞ聞いてくれました(笑)。概ねおっしゃるとおりで、動物ほど大きな影響は受けてこなかったというのが、すごくざっくりとした答えになります。
溶岩などで地上に生えている植物は壊滅的な影響を受けますが、種や根が残っていることで、そこから再生できるのが植物の大きな特性で、けっこう回復しちゃうんですよね。しかし3回目の史上最大の絶滅のときには大きな影響を受けました。海の生物の90%の種が絶滅しましたが、陸の生き物も、そして植物も大きな影響を受けています。
3回目の大量絶滅は古生代末のペルム紀に起こりますが、その前に「石炭紀」があり、世界中に石炭ができる地層がたくさんあります。
石炭ができるところというのは、基本的に海辺とか川辺などの湿地です。そこに生きていた植物が葉を落とし、枝を落とし、ときには幹が倒れ、それが腐らずに積もって泥炭層になり、その泥炭が地下の熱で石炭になります。要するに湿地にたくさんの植物が生えていた時代なんです。
しかし古生代の終わりに向かってだんだん乾燥化し、3回目の大量絶滅のときに壊滅的な影響を受けて、環境はガラッと変わってしまうんです。湿地の植物が絶滅してしまい、中生代最初の500万年間くらいは回復しないんです。そして現れてきた植物はまったく違うものになっていました。

私たちは白亜紀から続く
被子植物に生かされている
ー 今、私たちが食べているもので、あまり姿を変えずに太古からある植物はありますか?
私たちがたくさん食べているものって何だと思いますか?
ー シダの話があったので、山菜のぜんまいなどは昔っぽい形ですが、たくさんは食べてないですね。マメ類とか‥‥?
僕らのまわりにある植物で食べているものって、大抵は被子植物なんです。花を咲かせる植物で、穀物やフルーツ、野菜はすべて被子植物です。もとをたどると白亜紀からいて、5回目の大量絶滅を乗り越え新生代に華やかになった植物で、僕らは今も昔も被子植物に生かされているんです。
ぜんまいやわらび、こごみはシダ植物で、一番最初の絶滅あたりまでたどることができます。だからそういう生き残りみたいな植物が、今も僕らの身近にいるという言い方はできるかもしれません。
ただですね、それはグループの話であって、シダの仲間もそれなりに進化していて、今いるシダの仲間の大部分は新生代に種分化したもので、5回目の絶滅の後の産物になります。
ー 鳥に進化して恐竜は今も生き残っているというのが定説になっているので、植物もそういう目で見られるとおもしろいかなと思いまして。
そういった意味で今も生き残っていると感じるのはイチョウだと思います。イチョウの仲間は、一番古いところでは古生代の終わりぐらいに見つかっています。姿形はかなり違いますが、ペルム紀という2億5000万年くらい前から現在まで絶えることなく子孫を残している仲間で、「生きている化石」という言い方をされています。中生代のジュラ紀の化石から銀杏のようなものも見つかっています。恐竜が食べたかどうかは、わかりませんけど。
ー 恐竜が銀杏を食べたかはわからないということですが、植物のグループが変わると、動物にも影響はありますか?
ダイレクトにそれを調べることは難しいんですが、おそらくそうだと思います。 被子植物が現れたのが白亜紀、恐竜時代の終わりなので、恐竜はその影響を受けたんじゃないか、ということが議論されたこともあります。
客観的な事実としては、特定の植物が繁栄した頃に現れた恐竜もいますし、それよりも古いグループは衰退しているようにも見えるので、食糧事情が変わったのでは、ということも考えられます。
知識があると世界はより豊かに見える
恐竜、昆虫、植物、研究者になるには?
ー 先生が古植物に興味を持たきっかけは何ですか?
もともと地学が好きで、野外に出て、その地層を調べて、そこからいろいろな情報を読み解くことに興味があったんです。で、野外に行くと、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、植物の化石って至る所で出るんですよ。その化石から「どんなことがわかるんだろう?」と思ったのがきっかけですね。
最初はその植物化石から気候条件などを知ることに興味が出たんですが、やがてそういう気候の変化の中で種が変わったり、グループが変化していったり、そういうことが見えてくると、環境と植物の関わり合いとか、その植物の進化などにも興味が出て、そこからハマったという感じですね。

ー 私が見るとただの土が、見る人が見ると宝の山のように、知識があるのとないのとでは物事の見え方が全然違うんですね。
僕が専門家になってからも、いろいろと知見が増えるにしたがって見え方は変わりますし、世界も広がります。それがおもしろいところですよね。
ー 恐竜や昆虫、植物が好きな子どもたちはたくさんいますが、先生のように専門家として食べていくのは大変だと思うのですが、どうしたら先生のように好きなことを突き詰めて、仕事にすることができるでしょうか?
「好きなことを続けていれば自ずと道が開けてくる」というのが僕の信条で、そういうご質問を受けたときにいつも言うのは「好きを伸ばす」ということです。そして、いろいろな知識がどう将来的に役立つかはわからないので、嫌いだからやらないではなく、ちょっとトライしてみてほしいなとは思います。古生物学者・恐竜学者の真鍋真先生も「いろいろな科目が大事なので、どれもがんばってみるといいよ」と言っています。
今は良い世の中になってきていて、興味のある情報にすぐにアクセスできますし、たくさん見つかります。たとえば博物館ひとつとっても、地域にいろいろな博物館があるじゃないですか。博物館で興味のあるものを見ることはもちろん、博物館の人と話してみたり、仲間を増やすことで、さらに興味が駆り立てられたり、そういったことができると思うので、ぜひ一歩踏み出してみるといいと思います。

矢部先生の推し展示を3つ紹介!
東京から発見された世界初公開も!
ー これはぜひ見てほしい! という先生の推しを、ぜひ教えてください!
僕の中でのいち推しは、2回目の大量絶滅の頃の最古の “木” の化石「ワッティエザ」です。植物が現れたころ、まだ木はありませんでした。木になるには太い幹やしっかりした根、そして葉がないと水を吸い上げる力を生み出せません。最初の頃の植物は体が小さかったので木になれませんでした。でもようやくさまざまな状況が改善されて木になったのがこの時代です。
「ワッティエザ」の実物化石はニューヨーク州立博物館にあるんですが、木がまるまる一本出てきた8メートルもの大きさの奇跡的な化石です。植物の化石は石から取り出せないことが多く、しかもこの化石は何百キロと重く持ってこられなかったので、フォトグラメトリという技術で3Dデータをつくり、3Dプリンタで成形したレプリカを展示しています。
今まではそういう技術もなかったので展示できませんでしたが、今回は現地の博物館の方のご理解が得られて3D解析ができ、コンピュータやプリンタの技術的な進化もあって、奇跡のような素晴らしい標本を、やっと展示できることになりました。


もうひとつは、5回目の大量絶滅のところにある、デンバー自然科学博物館から借りた標本です。デンバー自然科学博物館はコロラド州にあるんですが、コロラド州の周辺は中生代に北極海からメキシコ湾まで海がつながっていて、浅い海と陸とがせめぎあうような地層があるんです。
デンバー自然科学博物館の研究者は白亜紀と新生代の境界のあたりを丹念に研究していて、今回はその地層の下と上から出てくる化石を持ってきてくれました。そこからわかることは、5回目の絶滅の後は生態系がなかなか回復せず、哺乳類は大きくなることができなかったのではないかと考えられていましたが、この境界層の研究から、10万年後、30万年後、そして70万年後に至るまでに哺乳類はかなり大きくなったということがわかってきています。
たった70万年の間に体が大きくできるようになった原因は、哺乳類化石と一緒に見つかるマメの化石。これが原因なのではないかと考えられています。状況証拠としてそういう栄養価の高い植物が一緒に出てきていて、これは考察ですが、植物の変化、つまり食糧事情の改善が背景にあったんじゃないかと思われます。こうしたことを10万年後、30万年後、70万年後の化石とともに紹介しています。
モロッコの化石のクリーンングのように、こちらも疑似体験のようにして体感できる展示になっているんじゃないかなと思っています。
最後は世界初公開となる「ステラーダイカイギュウ」全身の実物化石です。実はこの化石、2006年に東京の狛江で発見されたものなんです。国立科学博物館に標本がありずっと研究が続けられていて、2023年か2024年に百数十年前に絶滅した「ステラーダイカイギュウ」の化石であることがわかりました。ジュゴンの仲間ですね。
東京からこんなものが出てきて、それだけでもワクワクしますよね。しかもほぼ全身が揃っているんです。この化石は130万年前のものですが、人間が目撃したことのある動物で、しかもこの種は人間活動、狩猟で絶滅した可能性があり、今現在の絶滅にも関わるという意味からも興味深い標本だと思います。

ー 見どころがたくさんですね。「大絶滅展」を通して、子どもたちにはどんなことを伝えたいですか?
5つの大量絶滅はそれぞれ影響を受けた生き物が違うので、なんとなく違うもののように思えるんですが、すべてに共通するプロセスがあります。それは地球の内的な変化です。地球の動きと生き物の暮らしは密接に関わり合っていて、私たちもそんな地球の上で生きているんだ、ということを、ちょっと難しいかもしれませんが、何となく感じてもらえれば嬉しいですね。
特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」は、2026年2月23日(月・祝)まで国立科学博物館で開催中!

矢部 淳
国立科学博物館 生命史研究部 進化古生物研究グループ長。専門は古植物学。日本や東アジアの植生の歴史を解明するため、新生代を中心とした植物化石の分類と植物の化石にもとづいた過去の気候解析を行っている。特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」では総合監修を務めている。





インタビュー後期 〜進化をやり直しても人類は誕生するのか?〜
5回の大量絶滅があって、今、私たちがいます。おそらくこれは本当に奇跡的なことで、「進化をやり直しても人類は誕生するのか?」については、マンガ家・手塚治虫先生の『火の鳥 未来編』に、人類が滅亡し、もう一度生命(人類)が誕生するまでの進化をやり直す物語があります。そしてそれについて、古生物学者・恐竜学者の真鍋真先生と生物学者・福岡伸一先生がトークイベントで「さまざまな奇跡があって、いま、われわれ人類がいる」と語っています。「大絶滅展」は、長い長い人類の誕生秘話を教えてくれているとも言えるのかもしれません。
矢部先生とお話をしていて、知識があるということは、豊かなことだなと感じました。同じ景色を見ていても、そこから得る情報量には格段の違いがある。「何もないな」と思っているところに、矢部先生はいくつもの楽しみを見出せます。改めてそんなことを感じるとともに、自分ひとりで先生のお話を聞くのはもったいない、子どもたちにも聞かせてあげたいなとも感じました。
5回の大量絶滅のうち4回は火山活動、1回は小惑星の衝突です。しかし、もしかしたら現在進行中の6回目の大量絶滅は人間活動がひとつの要因となる可能性があり、だからこそ次に大きく繁栄する生物へのバトンタッチは、人類がほんのちょっとだけ先延ばしできるのかもしれません。
